リノベーション物件のご紹介

旧吉田彦七邸(国 登録有形文化財)

2017年8月15日

2016年3月のみずしまモノづくり+マチづくり会議で参加者の方たちが雨漏りのする木造平屋建ての1軒家を見出しました。

この建物は、戦争中に建てられた三菱重工水島航空機製作所の工員社宅です。航空機を作るために名古屋から水島に移住した工員の方たちが住むために今の水島商店街のエリアに約4,800戸建てられました。

戦後、水島はコンビナートの街として発展し、工員社宅が建てられた場所に水島商店街ができました。水島コンビナートは西日本で最も大きく、また日本でも2番目に大きな工業地帯であり、日本のモノづくりを支える拠点です。

その水島コンビナートの原点となる建物で現存しているのは、こういった工員社宅しかなく、それも年々減少しているのが現状です。

そこで、水島マチヅクリ株式会社はエリア全体の調査を行い、その希少性を明らかにしました。また、同時に水島の街のストーリーにこの工員社宅を位置づけることで重要性を理解してもらうことで、国の登録有形文化財として認めてもらうことができました。

みずしまモノづくり+マチづくり会議のワークショップを通じて、雨漏りの修理、床貼り、ウッドデッキづくりなど水島に住む方たちの協力で建物を再生させることができました。旧吉田彦七邸の壁にはワークショップに参加頂いた方たちの名前入りのタイルが貼られています。

文化財の名称として個人の名前が冠されるのは珍しいことですが、これは当社の希望を文化庁が聞き届けてくださった結果です。

吉田彦七さんは文人墨客でも、公職にあるわけでも、会社の経営者でもありません。名古屋から水島に移住し、戦中は航空機、戦後は自動車を作り続けた工員です。しかし、吉田彦七さんの人生が水島の歴史そのものであり、水島の街の発展を目の当たりにしたことでしょう。水島の街に住む人々の人生にスポットライトを当て、街の魅力を高めるのが当社の理念であり、旧吉田彦七邸はそれを具体化したプロジェクトです。

旧吉田彦七邸はカフェとして2017年10月オープンの予定で準備を進めています。水島の魅力を伝えることのできる場所として運営したいと考えています。

一覧に戻る